往復書簡 その2 (中島より)

森元さんへ


お手紙ありがとうございます。


改めて考えてみますと森元さんと初めてお会いしたのは、私がALSになって自宅での入浴ができなくなりデイサービスで入浴させてもらうことになって施設に行った3年前でしたね。

今だから正直に言いますが、あの時はデイサービスに来ていたほとんどが認知症の皆さんで、

その皆さんと、歌をうたったりいろいろな遊びをして、昼食もとって一日を一緒に過ごすことは、今まで考えたこともなかったのですごく抵抗感がありました。

私のそんな気持ちを何も言わなくても全て理解してくれていて、

居心地よく過ごせるように色々と気を遣ってくれたのが施設の責任者だった森元さんでした。

今考えてもどれほど嬉しかったことか。

それからは何か困った事があると何でも相談していました。


そんな森元さんのことですからOTさんとしてはもちろんですが、それ以外でも誰かの役に立っていることは間違いないと確信しています。

そして何度か話していますが、私はこの病気になる前は介護関係の仕事については詳しく知りませんでしたし、知ろうともしませんでした。

今こうして介護をしてもらう立場になると、介護という仕事がいかに介護される側にとっては有難く無くてはならないものだと思っています。


「藤本とし」さんのお話、すごいですね!「地面の底が抜けたんです」・・・わかるような気がします。

私もALSを宣告された時はそれほどのショックはありませんでした。・・・というより、その時ALSについて全く知識がなく、どんな病気なのかピンとこなかったという方が正しいかもしれません。ただその後ALSについて自分で調べれば調べるほどこわくなり絶望的になって「地の底に落とされたような気持ち」になっていったのです。


もう動くことも話すことも食べることもできず家族や周囲の皆さんに迷惑をかけるだけなら気管切開までして生きていても意味がない。人生を放棄しようとしていた私に、この病気になった今でなければできないこと今だからこそできることがあるからとNPO法人TUMUG設立の話を持ち掛けてくれたり、とにかく前向きに生きる気持ちにさせてくれたのも森元さんでした。


その森元さんから癌になっちゃった!と聞かされた時は言葉が出ないほどの驚きでした。

二人でALSと癌はどっちがいいか?と辛いことや良いことを並べて競ったこともしましたけど、辛い抗がん剤治療をしながらも今までと変わらずに明るく私を勇気づけてくれるあなたは本当に「凄い人です!」


今は藤本さんの時代よりずっと技術も進歩していて、私もこうして視線入力と指一本でもパソコン入力ができています。もっともっと前向きに生きないといけませんね。


    ※27歳でALSになった武藤将胤さんの著書

           「KEEP MOVING-限界を作らない生き方」がいいですよ!



追伸:

二年前の10月10日は私が声を失った日、気管切開記念日です。日々介護サービスに来てくれるたくさんの方々のお陰で何事もなく、二年が経ちました。

・・・・・・実は、上記まで書いてそのままにしてあったのですが、その2~3日後、呼吸が苦しくなって血圧も180を超えて救急搬送されちゃいました。救急車に乗ったのは二回目です。一週間の入院と言われましたが、とりあえず一晩入院したら容体も落ち着いたので自主退院しちゃいました(笑)


全てのサービス事業所に「中島さんは一週間の入院になりましたので、一度サービスを休止してください」と連絡をしてくれたのに、翌日また「中島さんは一週間の入院の予定でしたが、退院されましたのでサービスをお願いします。」と連絡をすることになってしまったケアマネジャーさん、本当にごめんなさい。








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