Blog

中島さん

なんと早いもので、2022年も2月になっていました!

「一月往ぬる二月逃げる三月去る」とは、昔の人はよく言ったものです。

日にちが過ぎるのが年とともに早くなっていますが、

このコロナ禍の2年間は、特に早い気がします。


 いつだったか大分前に、世代共通の記憶…という記事を読んだことがあります。

その出来事が起こった時に、自分は何をしていたのか、それを経験した世代全員が覚えている、そういう出来事がある、というものです。

その記事では、

   「一定の年齢以上のアメリカ人は、ケネディ大統領の暗殺を知った時、

     自分は何をしていたのかを鮮明に覚えている」

とのことでした。アメリカ人はケネディ暗殺事件が共通の記憶、ということですね。

その記事で日本の例として挙げていたのが、「日本航空御巣鷹山墜落事故」でした。

(昔の記事でしたからね。私もその事故ははっきりと覚えています。)

今なら2011年の東日本大震災でしょうし、この「コロナ禍」は全世界共通の記憶になりますね。


 ちなみに戦争を経験した世代は、「玉音放送をどこで聞いたか」が世代共通の記憶です。

皆さん、よく覚えていらっしゃいます。


 最近面白い本を読みました。

 私は常々、人間(≒日本人)は不自然に長生きなのではないか…? と少し疑問に思っていたのですね。およそ生物は「子孫を残す」というのが大事な使命で、閉経後の余命が長い人間は、自然の摂理に反しているのではないか? と。

 その本には、一つの仮説が紹介されていました。「おばあさん仮説」というものです。


 ヒトは生物界でも難産なのだそうです。なぜ難産なのか、それは「脳が大きいから」。

 加えて、「赤ちゃんは産まれる出る時はお母さんの背側を向いている。

お母さんが自分で引っ張り出そうとすると、赤ちゃんの首を後ろに反らせることになり、 

首の骨が折れてしまう…。つまり、ヒトは母親以外の人が取り上げないと産まれ出ないよう進化している。」その他にも例が挙げられており、

要は「ヒトは母親だけでは子どもの世話ができないので、その子育てを祖母が手伝うことで子どもの生存率が上がった。結果として閉経後も長く生きること(おばあさんという時期があること)が進化した」という説です。

 これを読んで、なんか気分が軽くなったんです。

おばあさんであることも生物学的に意味があるのかも?  と思って。

 

 北京オリンピックが始まりました。

 中島さんは長野オリンピックでスポーツニッポンの英字新聞を発行しいていたと聞きました。その頃のお話をお伺いしたいですね。

 

ではまた。



2021年もいろいろなことがありました。

☆全国高校野球甲子園春夏の大会が2年ぶりに開催されました 

☆熱海土石流災害という自然災害と人災の痛ましい事故がありました 

☆眞子さま、小室圭さんが結婚されました☆大谷翔平さんの大活躍もありました・・・etc.


そんな中でもやはり一番大きな出来事は、東京オリンピック・パラリンピックでしょうか。

私は人生で二度東京オリンピックを観ることができましたが、

前回の東京オリンピックの時はまだ小学四年生でした。

父親の面会のために長野から出て来ていた築地癌センター病院の病室で、

空に描かれた五輪のマークを見ていた記憶が蘇ってきました。


それにしてもオリンピックを観ていると、

どんなに努力してきても一発勝負で勝つか負けるか、

記録でわずか0.01秒の差でも運命がガラッと変わってしまうなんて、

スポーツの世界は本当に残酷ですね。

でも勝者の涙も敗者の涙もどちらも美しくて見ているこちらが何度も泣かされました。


いろいろありましたが、結局は今年もコロナに始まりコロナで終わったような一年でしたね。


さて私は今年で胃ろう造設と気管切開をして今年でちょうど二年が経ちました。

そしてNPO法人TUMUGも12月23日で設立丸二年になりました。

設立と同じ時期よりコロナが流行し始めてしまい

当初の目的・目標は未だに満足に達成することはできておりませんが、

これからも今できることを探しながら前向きに進んでいきたいと思っております。

今年一年お世話になり、誠にありがとうございました。

2022年も暖かく応援していただけますようお願い申し上げます。


・・・◆無駄話◆・・・

暇にまかせてネットを見ていたら面白いのがあったので( ´∀` )


『18才と81才の違い』

●東京オリンピックに出たいと思うのが18才、

 東京オリンピックまで生きたいと思っていたのが81才

●道路を暴走するのが18才、逆走するのが81才

    (最近は81才も暴走してるけどね)

●心がもろいのが18才、骨がもろいのが81才

●偏差値が気になるのが18才、血糖値が気になるのが81才

●まだ世間をあまり知らないのが18才、もう何も覚えていないのが81才

●自分探しの旅をするのが18才、出掛けたまま分からなくなって皆が探すのが81才

●ドキドキが止まらないのが18才で、動悸が止まらないのが81才

●恋で胸を詰まらせるのが18才、餅で喉を詰まらせるのが81才


皆様、2022年もどうぞよろしくお願いします。







森元さん


今年も残すところ僅かになってしまいましたね。

お手紙の内容から癌の治療の様子よく分かりました。

治療のペースができつつあるようで良かったです。


以前お話ししたように私の父親も癌だったのですが、もう半世紀以上も前のことでしたから

当時は抗がん剤もなく、癌治療は手術での切除だけでした。

まだ40代だった父は進行も早く、80㎏以上あった体重も何度かの手術の末、

最期には35㎏程になってしまっていました。

今の医学ならもっと良い治療法で助かっていたかもと思うと・・・残念です。


抗がん剤も次々と良いものが開発されているようで、苦痛とされていた治療もどんどん負担が

少なくなって完治する患者さんも多くなっているといいますから素晴らしいことです。

と言っても実際に治療をされるご本人の精神的な辛さ大変さは変わらないかもしれませんが、

どうぞ負けずに完治まで頑張ってくださいね。


『自主退院の話』

私のたった一晩での自主退院についてお話しますね。何故・・・ですよね?

確かに以前別の病院で一週間の検査入院を無理矢理三日で退院したこともあるほど、

元々入院が嫌いなのは事実です・・・(笑)。

でも今回は私のわがままだけではなく、

簡単に言うと余りにもその病院の看護師さんの態度・対応が酷くて、

このまま入院していたら死んでしまうと思って逃げ出したのです

・・・有名な大学病院なんですよ。


痰が詰まって苦しくて、(私のような身体の不自由な者が使えるナースコールも用意してもらえなかったので)通りかかるナースに目で必死に訴え続けました。

私の顔も見ているから絶対に気づいているはずなのに、みんな無視して通り過ぎていきました。ようやく来てくれたと思ったら「なんなの?忙しいんだからいつでも思い通りにすぐにやってもらえると思ったら大間違いだからね!」と凄い目で睨まれたのです。

なんなの?と言われても私は喋れないし、見れば苦しがっているのはわかっているのに!!!

これが救急搬送で運ばれてきた人工呼吸器を装着した患者に対する扱い???

他にも暴言や乱暴なケアもたくさんありました。

同じ病室の他の患者のアラームが鳴っていても誰も来ないから

確かに忙しいんでしょうが・・・!

(ちなみに私の病室はナースステーションの前で、アラームが鳴っていてもステーションではナース達が大声で笑いながら楽しそうに雑談してましたけどね!)


確かに今回は夜間の緊急入院、それも病床が一杯で本来なら100人待ちというところを

訪問医の先生が病院のドクターに頼み込んで無理に入院させてもらったという状況、

コロナで看護師さんも疲弊しているのも解ります。それにしてもあまりに酷い扱い、

時計もないし鳴り続けるアラーム音と他の患者のうめき声を聞きながら、

朝が来るまで一睡もせずひたすら苦しさに耐えた夜でした。


病気の治療と仕事

周囲の理解を得て病気の治療をしながら仕事を続けるお話ですが、

抗がん剤治療をしながら仕事もされているとのこと、森元さんらしいです。


私もALSを宣告された段階では歩き難くなっていただけでしたし、

どのタイミングで取引先や仕事仲間のみんなに言うか悩みました。

病気が進行して車椅子になっても、話すことやパソコンはまだ今まで通り普通にできていましたので、取引先には「申し訳ありませんが脚がちょっとおかしくなってしまって、歩けなくて打ち合わせに行かれないんです」と言って事務所に来てもらったり、電話で何とか済ませてもらいました。

ただ翻訳の仕事はデスクワークでも何とかなったのですが、

イベントの仕事は、打ち合わせもですが、特に本番は現場に行かないと分や秒単位でしなければいけない指示もあって、徐々に厳しくなってしまったのは事実です。


このNPO法人の設立の際の挨拶にも書きましたが、私にとって仕事は人との出会いで、

一人でも多くの人に出会いたいと自分から積極的に動いて生きてきました。

多くの人と出会うことで自分の知らない世界を教えてもらって成長させてもらってきました。

それが全身が動かなくなり話すこともできなくなる病気になってしまった。これからは自由に自分の足で会いに行くことも、そして声を失うことで対面はもちろん電話で話すこともできなくなる、と思ったら病気のことを知らせる勇気がなかったのです・・・その状態になるギリギリまでは。

ましてや治療法もなく進行はしても治ることがない病気で、大好きな仕事がなくなること、大好きな仕事仲間と今まで通りに仕事ができなくなることが怖くて。


追記:

またまた長文失礼しました。長文ついでに(笑)森元さんに

「中島さんにとって今年を漢字一文字で表すとなんですか?」と聞かれていましたね。

考えてみましたが…【慣】かな。


*世間の皆さんはマスクを着けてのwithコロナの生活に慣れ、

私は曜日ごとに決まった介護サービスをしてもらう寝たきりの毎日のwith ALS生活も二年。

身体もその生活スタイルにようやく慣れました。